コラム

人材・組織マネジメントにおけるデータ活用で成果を上げるために必要なことを考えます

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「人的資本の情報開示」の意味と目的を、「人材データ活用」の視点から整理する

2021.08.06

 2020年8月に、アメリカの証券取引委員会が、「人的資本の情報開示の義務化」を発表しました。このことによって、人的資本の情報開示の基準の一つとなっていくであろうISO30414について関心が集まり、これまでとは異なる角度でのデータの扱いの必要性が取り上げられるようになっています。

 ただ、「情報開示」、特に比較可能性を重視した標準化の話と、自社の経営戦略を支える人事戦略のための「情報活用」について、それぞれの意味と目的が整理されていないケースが少なくありません。意味と目的がしっかりと理解されていなければ、正しい手段を選び、満足のいく結果を出すことは不可能です。

 「人的資本の情報開示」に取り組む前に、それは「人材データ活用」という文脈の中でどういう位置づけになるのか、明確にしておくことが重要です。



 そこで、上記の表に沿って、「人的資本の情報開示」と「人材データの戦略的活用」を整理していきます。

 まず、「人的資本の情報開示」。そこには2つの領域があります。 ひとつが、企業の状況を他社との比較で把握できることを目指した「比較可能性を高める標準化」をベースとする領域です。もうひとつが、主に投資家や社会に対して、「自社をもっと理解してもらう」ための領域になります。

 まず前者(「人的資本の情報開示」義務)の活動の本質は「義務」であり「過去の整理と説明」。誰に対しての活動かと言えば、「外部」。目指すものは「標準化」、ということになります。その性質は「報告義務」であり、会計の世界に照らして考えると「財務会計」的。言語的視点でみれば、比較可能性が重要になりますから、「世界共通言語」と言えるでしょう。この活動をするにあたって、課題として立ちはだかってくるのは、「国際的な指標が自社内でのオペレーションの性質と異なる場合の開示表現の工夫」であり、運用面では「散在するデータ、不足するデータの収集と、アウトプットの効率化」となります。

 次に後者の(「人的資本の情報開示」アピール)の活動の本質は「アピール」であり「過去の総括とそれに基づく将来展望」。誰に対しての活動かと言えば、「外部」及び「内部でも経営から遠い人たち」。目指すものは「外部(もしくは遠い人たち)の理解促進」、ということになります。その性質は「自己アピール」であり、会計の世界に照らして考えると「IR報告」的。言語的視点に照らすと、橋渡しが重要になりますから、「翻訳」と言えるでしょう。この活動をするにあたって、課題として立ちはだかってくるのは、「自社の価値を上げるための活動、将来性を理解してもらうための情報は何か見極めること」であり、運用面では「散在するデータ、不足するデータの収集と、アウトプットの効率化」となります。

 では、「人的資本の情報開示」に対して、「人材データの戦略的活用」について整理をします。 こちらの活動の本質は「情報活用」であり「将来・未来に向けた、施策立案支援・進捗管理」。誰に対しての活動かと言えば、「内部」。目指すものは「自社にとっての実効性」、ということになります。その性質は「分析・解釈・活用」であり、会計の世界に照らして考えると「管理会計」的。言語的視点に照らすと、「母国語」、内部で確実に通用することが最重要、と言えるでしょう。この活動をするにあたって、課題として立ちはだかってくるのは、「自社組織を良くしていくためにどのような指標が必要なのかを見極めること。その決定プロセスとPDCAサイクル構築も含めた地道な活動の継続」であり、運用面では「必要となるデータ、不足するデータの確定と収集、柔軟なアウトプットの実現」となります。

 このように、「人材データを活用する」と言っても、そこには性質の異なる領域があり、それぞれの意味や目的、乗り越えるべき課題は異なってきます。

 最近の議論を見ていると、比較・標準化のためのデータの扱いの話と、自社の戦略を実行し目標を達成していくためのデータ活用の話が混同されているケースが少なくありません。もちろん、上記の図のようにきっぱりと線引きしきれるものではなく、どれにも当てはまる指標・活動は存在します。しかし、最初からこうした意識なく取り組みを始めてしまうと、その本質から外れてしまい、取り組みが中途半端なものになったり、意味のない活動に工数をかけることになったり、最悪は逆効果になることすらあり得ます。この構造を理解したうえで、自社での人材データ活用の第一歩を計画・実行していただきたいと思います。

(完)
2021年8月6日
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